

- 森 源太 -もり げんた-
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1978年10月11日
長崎県西彼杵郡時津町生まれ
シンガーソングライター
高校時代、ある夢を抱くが、挑戦することもなくすぐに諦める。
音楽の授業が一番嫌いな、学校にもロクに行かない内気な学生時代を過ごす。
卒業後、何の目標も夢も無く、ただ流されるままに大学へ進学。
18歳
友達の弾く尾崎豊の(15の夜)にあこがれ、ギターと出会い夢中になる。
21歳
はじめて作ったオリジナル曲を路上ライブ中に出会った人に褒められ大喜び。
「こんげん楽しかことで生活出来たら幸せかろうなぁ」
プロのシンガーソングライターになるという夢を抱く。
周りが就職活動はじめていく中、音楽の勉強もしたことの無い自分がプロになれるわけは無い。
と、心の中ではすでに音楽をやめる時のことを想像しつつも
「いつか来るであろう夢を諦める日に、自分が納得できるように」と、夢を追うことを決意する。
22歳
大学卒業後、東京へ上京。
東京の路上で1年間唄うも、全く見向きもしてもらえず、自分の存在価値を見失い、どんどん自分を嫌いになっていく毎日の中、幾度となく全てを諦めそうになる。
「こんままやったらオイはダメになってしまう。何か、挑戦ばしよう。挑戦ばして、そいでん自分の何も変わらんかったらキッパリ諦めて長崎に帰ろう。」
23歳
一念発起してママチャリ日本一周路上ライブの旅に出発。
全財産3,000円だけを握りしめ、ママチャリに乗り1年7か月をかけ、47都道府県、約8,000キロを走破。
生活費は全て路上ライブにて賄(まかな)う。
日本全国でたくさんの人の優しさや応援と出会い、少しずつ前向きになっていく。
しかし、日本一周後、目標も自信も無くし、またもふらふらとした1年間を過ごす。
25歳
ある人の言葉で、自分の唄一本で生きていく覚悟を決める。
「オイは、自分の歌ば唄うて生きていきたかです!オイの唄ば聴いて下さい!」
覚悟を決めた途端、自分の唄だけで食え始める。
3年間、大阪府箕面市を拠点としてシンガーソングライターとしての活動を続ける。
26歳
あるNGOのテーマソングを作ったことがきっかけでカンボジアという国と出会う。
そこで強く生きる人たちと触れ合い、一緒に唄う中で惹かれていく。
同時に、今なお残る地雷の現状も目の当たりにする。
翌年からカンボジア地雷除去イベント「ぜろ祭り」を日本全国の仲間たちと共に主催(毎年10月開催)
28歳
カンボジアに移住。
首都プノンペンの路上やスラム、孤児院や学校、飲食店等で唄いながら1年間をカンボジアで生活する。
29歳
日本へ帰国。
再び大阪を拠点に全国でライブ活動を再開。
現在
全国でのワンマンライブ、イベントへの出演、小学校~大学、専門学校などでの講演活動などの行い、年間のライブ数は150本にのぼる。
現在までにオリジナルCD5枚、DVD1枚を製作、発売。
- 今、オイの想いよること
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オイは、普通の人間です。
21歳の時、本気で唄うていこうって決めるまでのオイは、自分のことが、嫌いで嫌いで、情けなくて惨めで、上っ面だけで生きとった。
そんげん人間が、自分の人生ば真剣に考えて、自分ば好きになりたくて、歌ば唄い続けた。
何回も諦めそうになった。
でも、やっぱり諦めきれんで唄い続けた。
自分なりの岐路に立つ度に、自分に『正直』に決断してきた。
自分自身にだけは嘘はつかん。
自分の音楽にだけは絶対に嘘はつかん。
自分に正直であろうと、覚悟ば決めたら音楽だけで食え始めたとばい。
こんげん普通の人間がよ。弱虫くんがよ。
不安は誰の心の中にもあるって思う。
そして、心の声は、誰の心の中にもあるはず。
下手クソでも、笑われても、馬鹿にされても、不安でも、怖くても、逃げたくても。
自分の心に正直に、一歩ば踏み出そうよ。
ひたむきに歩くその姿は、心ば込めて伝えようとするその姿は、絶対に誰かが見てくれとるけんさ。
いっぱ悩んで、苦しみ、考えて、そして、一歩ば踏み出そう。
自分の一歩ば踏み出そう。
お互いに、心も体も健康で頑張っていこうでねー!!!!
いつもありがとう。
げんた